素敵なひととき

屋上緑化はスキルアップに繋がると思います。

たとえば、ネーミングについては「C」のほか、「F」「W」「P」「P」「R」など、数多くの候補が挙げられた。 このなかから「C」が浮上したのは、当時のアンケート調査からだった。

走り感覚のあるとかスポーティなマニア感覚のあるといった項目で「C」が極めて高い評価を得たのである。 この結果、Y・M(ヤング・マニア)ユーザーをターゲットとする新しい店舗のネーミングは「C」に決定したのだ。
このほかにも課題は山積みされていた。 ニューチャネル展開を経営陣にはどう報告するのか、販売店にはどんなアプローチをすればいいのか、Bの繁栄を築いてくれた全国の既存チャネルの店々には何と説明すればいいのか……これらをひとつひとつ丹念にクリアしていく必要があった。
それでも、Cは絶対に成功させなければならないプログラムでもあった。 それまでのタイヤ商売は、どちらかと言えば商品面では「良い品質」、つまり「長もちして壊れにくい商品」が中心であり、チャネル面では「取引先の店内シェアをどうやって高めていくか」ということが中心だった。
ところが、消費者のなかでは商品としてのタイヤの価値転換が既に始まっており、タイヤは単なるクルマの一部品ではなくなっていたのである。 特に若い人たちの間では、タイヤは既に記号化され始め、自己表現になり、差別化商品になり始めていた。
そうした商品価値の急激な変化に対応する資質やパワーを、既存の店はもち合わせてはいなかった。 これが、ニューショップ展開の背景だった。
一方では、YゴムのニューショップであるGスラムがスタートしていた。 ラジアルの幅広タイヤ「A」が出て、商品戦略で後れをとったBがさらにチャネル戦略でも後れをとろうとしていた。
ちなみに、YゴムのGスラムは1981(昭和56)年10月オープン。 それに比べ、BのCの1号店は、翌1982(昭和57)年4月オープンという状況だった。
新業態開発を可能にしたのは、Bならではの社風当時、「YMCAプロジェクト」を実質的にとりしきったのが、販売促進部部長のS氏であった。 同氏のきめ細やかな配慮と根回しの良さが、このプロジェクトを活性化させたのである。
一方、私といえば、小売店経験は皆無であり、すべて一からの勉強であった。 小売店での体験実習から始まって、全国の繁盛店と呼ばれる店を巡回し、繁盛店のノウハウ取得、またマーケティングの大御所のセミナーヘの参加など、考えられるあらゆる手段を使って若者にターゲットを絞った新業態、Cの開発を進めた。

まずは、タイトル・説明文が屋上緑化広告でどういった屋上緑化の役割を担っているのかを考えてみましょう。

最高の壁面緑化と評価されているだけあって、この壁面緑化に関しては文句のつけどころがありません。